私立大学法学部准教授の講義・研究・趣味の日誌
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Author:Shu.com
私立大学准教授30代。
専門は、憲法。
万年筆。革製品。アニメ。


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2007/05/21(月)―信教の自由


憲法1
信教の自由。 憲法の人権論を考える上で典型的だから人権制限と違憲審査の論理に絞って簡潔に。宗教に対する偏見をいったんは排除することを促した。

本来は、政教分離を学んだ上で、世俗的義務との衝突の問題をやれば面白い。 来週、1回で政教分離を終わらせて、世俗的義務の問題を扱おうかと思うが…津地鎮祭事件、愛媛玉串訴訟、自衛隊合祀事件、エホバの承認剣道受講拒否事件もあるし、比較憲法的には(比較憲法の授業向けだが)、イスラム・スカーフ事件、十字架磔刑像事件も。靖国神社のことも言及するとなると、1回では難しいか。

【学習のアドバイス】
「世俗的義務と信教の自由について重要判例を比較検討しながら論じなさい」か、「自衛隊合祀事件の憲法上の問題について論じなさい」か、を訓練しておくのがよい。


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2007⁄05⁄22 22:16 カテゴリー:大学 comment(0) trackback(0)
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2007/05/17(木)―政党


憲法2
政党。政党の憲法的位置づけも、歴史的・比較憲法的に検討するのは楽しかろうが、さすがに憲法2ではそこまで突っ込むわけにもいかず(学生のニーズはまだ分かっていないが、とはいえ、いずれにしても政治学との棲み分けは必要か)。位置づけについては軽く(いわゆる、トリーペルの「敵視」「無視」「承認・合法化」「憲法的編入」の四段階)。政党の憲法上の問題について、党籍離脱・移籍をした議員と「全国民の代表」(憲法§43①)と、「政党自律権と司法審査」について。
衆参両議院で採用されている比例代表制の下では、政党の得票数に応じて議席を配分することになるが、その比例代表選挙で選出された議員が、政党を移籍・離脱したら、議員としての資格を失うとする国会法・公職選挙法の規定は憲法上問題ではないか、に集約される。その際、憲法§43①にいう「全国民の代表」観によって、その妥当性が問われる…といった説明の中で、「そもそも比例代表制」の妥当性について、さらには、「衆議院における非拘束名簿式比例代表制」の合憲性について、最高裁判決を用いながら説明しなかったことを大いに反省。とはいえ、他方で、「全国民の代表」について、「民意の集約と政権の選択」に重点を置いて捉えるか、「民意の公正・忠実な反映」と捉えるか、の視点を与えておくだけでも、教育上の効果はあったか。

政党の自律権と司法審査については、袴田事件なんかを検討したかったが、時間的制約もあって、「司法権の範囲」へ回す。

以上、参考文献として、只野雅人「衆議院小選挙区比例代表並立制の合憲性」『憲法判例百選2〔第5版〕』344-345頁。





2007⁄05⁄17 17:16 カテゴリー:大学 comment(0) trackback(0)
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2007/05/14(月)―内申書と謝罪広告と君が代


憲法Ⅰ
思想・良心の自由。タイトル通り、三判例について判例百選を用いながら淡々と。といっても、ようやく人権を学び始めたばかりなので、事件ってこうなのかぁとか、憲法ってなんか分からん…って思いながらなのは確実。授業中も「人権が侵害されてるかどうかを考える枠組み」を身につければいいことを強調。

事件の説明後、「意義」「思想良心とは」「保障内容」と進んで、判例検討に突入。いきなり内申書事件から入ったのが失敗。使ってる教科書通りに「内申書」→「謝罪広告」としてしまったが、「謝罪広告」→「内申書」がベター。

内申書の論点として挙げられているのが、「外部的行為」と「内心」の関連性の問題。特定の思想について不利益を課すおそれがある内申書とはいえ、記載されている内容は、「外部的行為」であって、「内心」を保障した§19に違反しない…などという最高裁の立場は、これまで内心を強く保障しようとしたあまりに、外部的行為を他の条文に委ねたり、真摯に取り組まなかったことの裏返しに思われる。「思想良心」を狭義に把握した上で、思想良心に直接的に結びつく外部的行為に対する制約は、やはり§19の問題として扱っていく方がよいのではないか、そうしないと§19の役割なんてないんじゃないか…と思われる。

君が代問題にも同じ問題が隠れている。ただ、君が代斉唱については、子どもに対しては、巧妙に強制性を拭おうとしていて、やっぱり問題となるのは教師の方。これはまた今度。

こうみると、いきなり民法§723が出てきたりして驚かせる謝罪広告の方が楽か(イメージしづらい問題が拭えないが)。

実質的な解釈論を展開したからか、若干私語は減。





2007⁄05⁄14 21:48 カテゴリー:大学 comment(0) trackback(0)
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